「羹に懲りて膾を吹く」という言葉があります。熱いスープでやけどしたので、冷たい膾もふーふーと冷まして食べようとすることを表現したものです。
元服(げんぷく)とは、奈良時代以降の日本で成人を示すために行われた儀式でした。数え年で、12歳から16歳頃に行われました。「元(げん)」は「頭」、「服(ふく)」は「身に着ける」という意味で、「頭に冠(または烏帽子)をつける」ことでしたから、「加冠(かかん)」や、「初冠(ういこうぶり)」という名前でも呼ばれていました。「冠婚葬祭」の「冠」にあたる大切な行事です。武家では、元服後に戦場へ赴くことが許されるなど、社会的・政治的意味合いが強い儀式でした。 髪型や服装を改め、冠(かんむり)や烏帽子(えぼし)を初めてかぶるのが特徴で、これにより「一人前の大人」として認められました。また、髪を結い、冠(公家)や烏帽子(武家など)をかぶると共に、子供用の着物から、大人用の装束(闕腋袍など)へ替えたり、幼名を廃し、実名(諱:いみな)を名乗るなどしました。女性の場合は「裳着(もぎ)」という同様の儀式があり、髪上げ(髪を結う)、裳(十二単の一部)を初めて着る、お歯黒、眉剃りをするなどが行われました。明治時代の民法制定により、一律の年齢で「成人」と定義されるようになり、伝統的な元服の儀式は現在の「成人式」へと形を変えていきました。
ただ、法律で年齢だけを定めて成人とする現代と、姿形を変え心構えを問われた昔の成人とでは、随分、自覚の程が違うように思います。私たちは欧米化していくことこそが進歩であるという価値観の時代を生きてきました。また、効率こそが正義だという労働生産性を基準とした価値観を大切にしてきました。その流れの中で、無数の価値ある日本文化を失ってきました。正月飾りのお餅の上は、橙をおくものでした。それは家が代々続くようにという祈りであり願いでした。おせちも、数の子も里芋も、子孫繁栄を願う祈りを込めたものでした。そうした、独自の文化に込められた、願いや祈りをうち捨てて顧みなかったところに、私たちの今日の、そして、これからの悲劇の原因があったのかもしれません。英語にも同様の表現があるようです
Once bitten,twice shy.
Burned once,twice cautious.
こうした諺は、捉え方によっては、一度目に植え付けられた恐怖によって、人間を支配・コントロールすることができるということに繋がると私は勝手に解釈しています。一度、ひどい目に合わせておけば、二度目は警戒して萎縮している。そこにつけ込むチャンスができるということです。
- 投稿タグ
- 木村貴志ブログ

