産経新聞2015年4月8日

https://www.sankei.com/life/news/150408/lif1504080010-n1.html

自分の考えを持ち、発信することのできる人材を育成することは、これからの教育にとって大きなテーマだ。10歳から15歳の子供たちを教育するバッカーズ寺子屋では、スピーチ指導を重視している。毎年、苦労するのは、子供たちに強固に染みついている3つの習慣-(1)書いてきた原稿を読む(2)原稿を暗記して話す(3)それらしい良いことを言おうとする-を如何(いか)にして払拭するかだ。

 原稿を読むことは、紙きれを相手として話すことだし、暗記したことを話すのは自分の記憶と対話することでしかない。いずれも目の前の人間を尊重し、心から自分の思いを伝えようとはしていない。「書き言葉」と「話し言葉」では言語としての機能が異なるため、「書き言葉」で話せばかたくて舌に乗らず、自分の信念や人間らしい感情などは伝わらない。また「それらしい良いこと」を語っても伝わるのは「自分を良く見せようとの作為」や「自分の考えを持たぬ空虚さ」でしかない。

 こうしたスピーチを子供の頃から繰り返してきた結果、就職活動の際の面接でも自分の言葉で語ることができず、マニュアル本で得た知識を使って語る学生が大半ということになる。学校教育においても、「言語」が人間性の陶冶(とうや)において非常に重要な役割を果たすことがもっと意識されるべきだ。自分の考えがないから語ることができないし、体験と語彙力が不足しているから的確な言葉で自分の感情や思考を表現することができない。それは自信のなさにも繋(つな)がる。子供たちがさまざまなチャレンジをし、失敗し、未熟な自分と向き合い、共に乗り越えるプロセスこそが「教育」だ。

 教育者には子供たちの「言葉」がどのような「心」から紡ぎ出されたものかを見極め、指導する感性が必要だ。スピーチ指導においても大人がそれらしい原稿に仕上げて、子供の未熟さを糊塗(こと)するのではなく、失敗しても良いから、自分の思いを語ることを大切にすべきだ。一人一人に真摯(しんし)に向き合うことが、子供の人格を鍛える。

 スピーチを指導する上で留意していることは3つある。第1に、話の聴き方を変えることだ。受け身で聞き流すのではなく、アウトプット(話す・書く)を前提として、インプット(聴く・読む)する習慣を身につけるのだ。聴いたことに対するコメント(感じたこと・気づいたこと・学んだこと)を常に求めていれば、相手の意図を汲(く)み取ろうとする姿勢やメモをとる姿勢も身につく。同時に「なぜだろう」「他と比べたらどうだろう」という「考える力」の基礎も育つ。この習慣が自分の言葉で話す力を次第に育む。

 第2にスピーチ原稿をもとに「対話」を重ね心の奥底に眠っているものを引き出すことだ。「なぜ、そう考えたのか」「きっかけとなった具体的体験は何か」「将来何をしたいのか」。「対話」を通して自分自身と真剣に向き合う姿勢を学ぶ。その過程で今の自分の考えの原点となった「過去の経験」の意味に改めて気づくこともある。それが「自分の言葉」と「借り物の言葉」の違いを自覚し、自身を語り始める大きな一歩となる。

 第3には心揺さぶられる素晴らしい体験をすることだ。心が生き生きして、初めて偽りのない生きた言葉は紡ぎ出される。さまざまなことに感激し、それを言語化することが大切だ。

 子供たちが生きた言葉で、自分の思いや考えを語るためには、大人たちにもその力が必要だ。まずは私たち大人の言語空間を、如何に誠意と熱意に溢(あふ)れたものに変えていくか。そこに教育改革の本質がある。

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