先のblogの渋沢栄一の言葉「この世の中みんなが幸せでなかったら、俺は嬉しいとは思えねえ。」が、どことなく宮沢賢治の言葉と似ていたような気がして、どんな言葉だったかを探してみたら、ありました。 「世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない」 これです。 『農民芸術概論要綱』の中の言葉でした。 「序論……われらはいっしょにこれから何を論ずるか……

おれたちはみな農民であるずゐぶん忙がしく仕事もつらい
もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい
われらの古い師父たちの中にはさういふ人も応々あった
近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直観の一致に於て論じたい
世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
われらは世界のまことの幸福を索ねよう求道すでに道である」 こうして読んでみると、ちょっと違ったかなと言う気がします。 渋沢栄一は、やはり、「修身・斉家・治国・平天下」という儒学的考えからの言葉だと感じます。『論語と算盤』を書いたぐらいだから、まぁ、当然と言えば当然ですね。

おれたちはみな農民であるずゐぶん忙がしく仕事もつらい
もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい
われらの古い師父たちの中にはさういふ人も応々あった
近代科学の実証と求道者たちの実験とわれらの直観の一致に於て論じたい
世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない
自我の意識は個人から集団社会宇宙と次第に進化する
この方向は古い聖者の踏みまた教へた道ではないか
新たな時代は世界が一の意識になり生物となる方向にある
正しく強く生きるとは銀河系を自らの中に意識してこれに応じて行くことである
われらは世界のまことの幸福を索ねよう求道すでに道である」 こうして読んでみると、ちょっと違ったかなと言う気がします。 渋沢栄一は、やはり、「修身・斉家・治国・平天下」という儒学的考えからの言葉だと感じます。『論語と算盤』を書いたぐらいだから、まぁ、当然と言えば当然ですね。

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