下村湖人は1884年(明治17年)10月3日に生まれ、1955年(昭和30年)4月20日に亡くなった人物です。

古い時代の言論が、今日にまで光を放っている希有な存在です。新型コロナウイルスにまつわるメディアの姿を見ていると、次の湖人の言葉が胸に響きます。

「危機感や絶望感は、現代の多くの知識人にとって、無上の趣味であるらしい。彼らはしばしばビールを飲み、ビフテキをかじりつつ彼らの抱懐する危機感や絶望感について語り合っているが、その時ほど彼らの目が幸福に輝いている時はないのである。われわれはむろん彼等のそうした趣味に対して抗議しようとは思わないし、またその権利もない。ただ彼等に忘れてもらいたくないのは、池に石を投げる子どもたちの趣味は、池に住む蛙にとってはしばしば生命の問題であるということである。」

こうした細やかな視点と心が、戦後の私たちが失った大切なものなのだと痛感します。

湖人は、次のような言葉も遺しています。

「よく考えないでものをいい、ものをいってからもあまり考えないような人間。そういう人間がいちじるしく増加したのが、日本民主化の一特徴であるらしい。言論の自由とは蛙の鳴き声のようなものか。」

自分と向き合い、深く思索することが、私たちの生活から失われていることが大きな危機を生んでいるように思います。

マスコミに伝えたい下村湖人の言葉 – Vision&Education (goo.ne.jp)