幕末の志士たちが維新の大業を成し遂げたこと、

昭和の父祖たちが戦後の復興を成し遂げたこと、

こうしたことを考えますと、

こうした困難の時代の人たちは、

数多くの亡くなった人たちと共に生きたが故に、

強かったのではないかと思います。

今、私自身がそうですが、

死んだ仲間たちの思いを背負って生きてはいません。

そもそも亡くなっていませんし、

命がけで志を共にする仲間もいません。

背負っているのは、せいぜい、

亡くなった父の思いぐらいのものです。

目の前で、友人が死に、親兄弟が死に、

時として我が子までもが死ぬ時代において、

人間は凄まじい生き方をしたのではないかと思います。

生とは何かを考え、

二度とない人生を力強く生きるしかなかったと思います。

多くの死と、多くの思いを背負わざるを得なかったのです。

良い悪いを言っているのではありません。

人間の峻厳なる生き方について思いを馳せているのです。

ネットで人が繋がると言ったところで、

人間の命をかけた、深く強い、愛情に満ちた繋がりなどは

所詮は生まれないものであると思います。

峻厳なる – Vision&Education (goo.ne.jp)